第1章編集工房吉備人の発進④(1995年~)
出版流通の変化と地域出版の危機
本を出し続け、そのうちヒット作が出れば、不安定は自転車操業から堅い出版活動に以降できる。問題があることを自覚しつつ、出版業界がもっているこの委託・返品を前提とした流通システムに乗っていこうと思った。
しかし、このシステムは、毎月コンスタントに刊行し続けることが条件となる。10年くらいはこの方式で回って行ったのだが、徐々に行き詰まりをみせてくるようになる。一つは、取次店最大手2社が岡山支店を縮小し、店売・流通の機能を持たなくなったこと。もう一つは、出版業界全体で40%を超す返品をなんとかしようという動きが強まったことである。
支店の縮小によって、それまで岡山支店管轄の書店へは、支店から新刊案内・配本のとりまとめが行われ、本ごとに、そして店ごとに配本が行われていたのが、かなり適当な配本実態になった。
また、補充に関しても支店経由で納品されるので、書店からの注文を2週間も待たせるようなことがなかったが、流通は東京・地方・小出版流通センター経由でというのが原則になった。
さらに返品を抑制するために、初回の納品数をどの書店も抑え気味になり、10冊の店は5冊に、5冊の店は3冊に、3冊の店は1冊になった。
全体の配本数も、それまで500冊から700冊くらいだったものが、300冊~400冊に減少した。売上にして40%ものダウンである。
この負のスパイラルは、年を追うごとに激しくなり、注文売上の予定入金を返品が上回るように月も出てきて、出版販売の数字はどんどん落ち込んできた。
一方で書店の苦戦もいろんな形で耳に入ってきた。「A書店が来月閉めることになった」といったニュースは珍しくなくなってきた。
全国的にも毎年●●軒の書店がなくなっているという数字が出る。特に店舗規模もそう大きくない、地域の独立店はどんどん閉店するようになった。
こうした店は、地元にしっかり根付いていて、その地域の図書館や本好きのお客さんをしっかりつかんでいて、地域出版物も比較的よく扱ってくれていた。こういう店がなくなるのは、地域出版社としては痛い。
半面、岡山、倉敷の中心部ではナショナルチェーンの店が出店してきた。喜久屋書店、ジュンク堂、福家、宮脇書店……これらは500坪以上のかなりの大きな売り場面積を持つ店で、いわゆる郷土書のコーナーもかなりのボリュームになる。
したがってオープン時には、金額にして50万円を超える本を納品することもあった。こういう店に納品時、オープン時に挨拶にいくと、「地元の本もきちんと品揃えして売っていこうと思います」と、うれしいことを言ってくれる。こちらとしても頑張って、店や取次店の代わりに郷土書コーナーの棚詰めなどもやってきた。
しかし、オープンから3カ月、半年経過すると、はじめのことゆとりのあった店内も、次々に入ってくる新刊に売り場を取られ、売れ行きに応じた棚構成になってくる。
そうすると、「一等地」にどーんとスペースを取っている割には動きの鈍い郷土書コーナーは、お荷物になってくる。2本あった棚は1本に減らされ、場所もちょっと目立たない隅のほうに追いやられる。そうなってくると、売れても補充されず、新刊の注文数も3冊、5冊で十分という状態になってくる。
オープン時に棚を埋めるためにたくさん注文しただけで、棚が手狭になってくると、データ上動きの悪い郷土書は売り場から姿を消していく。
―そんなこと言っても、売れないのなら仕方ないじゃない。書店だってたいへん。売れるものを効率よく売らなきゃ。―POSデータによる売行き良好書ばかりが、どの店でも平積みされるようになる。こうしたデータに地域の本は引っかからない。なぜなら、岡山の本は基本的には岡山でしか売れないからだ。
仮に岡山の店で月10冊売れても、全国のデータにはその程度の数字は反映されない。気の利いた担当者なら、月に10冊売れる本なら補充注文すると思うのだけれど。
いずれにしても、取次店の県別支店の縮小と物流の首都圏一局集中は、ナショナルチェーンの寡占化を進め、その一方で地域出版の売り場の縮小につながり、地域出版そのものの存続を危うくした。(つづく)
(山川隆之 2025年12月・記)
当時のブログ
※残念ながら今は閉店。郷土の本をたくさん置いてくださる書店でした。